自分の光を強める日々




本日もさとこのブログに
お越し下さいまして
ありがとうございます🙂


先日の雨の後
グッと寒くなってきましたね。


今、お風邪を召している方が
多いようです。

疲れないようにして
体をあたためて
ご自愛で
お過ごし下さいね。



さとこは
静かな日々です。


ちまちま掃除したり
小さなおかずを作ったり…


目をつむったり…


お気に入りの雑誌をめくりながら
冬のおしゃれに
こころときめかせたり…

お気に入りの「こたつ」で
過ごしています。





今ここに深く根ざして
安心と豊かさに
満ち溢れた日々です。


わたしがこうやって
自分を大切にして
毎日ごきげんで
光を保持していたら

家族は
なぜだか
元気そのもので、

それぞれが
自分の道を
意気揚々と歩いて下さっていて

そんな姿を
日々わたしに見せて下さる。







家族はみんな
わたしとは
「生き方」が全く違う。


はっきり言うと
真反対。


だけどベースになるところは
共通している。



それは
みんな
「自分らしい」ということ。





「自分らしい」って
すごいのよ。


全然疲れない。


それは
やりたいことをやっているから。




わたしは


母のようにも
娘のようにも
主人のようにも
友人のようにも

同じようには
できない。



だけど
誰も
わたしのようにも
できない。




みんなわたしの生活を見て

「同じようにはできない」と
なぜか
口を揃えて言う。




止まれるって
実は
能力のひとつ。



動ける人は
たくさんいるけれど

こうやって
「止まれる」ってことも

同じくらい
とうとい。





主婦やニートの人が
よく
自虐的に

「わたしは引きこもり」だとか

言うけれど

実は違うのよ。



エネルギー的に
たいせつなお仕事を
しているんだと思う。
さとこは。

もの思いにふけったり
祈ったり
することって
実は
意外と難しいことなんだと思うよ?




世の中のリズムが
忙しすぎるから

大半の方は
そんな時間を取れない。


仕事して
残った時間は
スマホ。



別に悪くないんだよ。



ただしそれが
自分として
愛せているなら

光となっているはずだから。





大切なのは

祈り人としての
器量を

その人が否定しないこと。




わたしはこれをしに
地球にやってきたと

そう思えるなら


あなたは
立派なシャーマンなのである。








全ての生きとし生けるものが、お幸せでありますように





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